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manie's blog

@cz500c

欠点を直す方法はあるのか

ある。

 

  • 欠点と長所の違いは他人の評価であって自己の評価ではない
  • 欠点の多い人ほど他人を見下す
  • 欠点だったものは誰かをほめると長所になる

 

欠点を直すために「どうしてこんなにダメなんだろうか?いつから?どうやったら直せるんだろうか」と考えるとどんどん悪化していく。

 

なぜか。

 

欠点ヲタクになるからである。過去の欠点エピソードについて「あぁ、それは第3シーズンの8話<ファミレスで遅刻>のBパートだね」などと語り始めるレベルである。

 

ではどうすればいいのか。

 

欠点は長所でもある。欠点と認識しているのは自分自身である。だから直せないし直す必要もない。むしろ利用するべきである。ではなぜ「欠点」と感じるのか。どうしたらいいのか。何が長所となるはずのものを短所にしてしまっているのか。

 

長所にフォーカスすればよい。

 

長所を獲得したのはいつか。なぜか。どうやって。誰から。

 

なぜか。

 

「性格が明るい」とか「決断が早い」などを長所と感じるのは「具体的な利益を得た体験」があるからである。体験したときが「いつ」である。

 

どうやって。

 

他人からの評価である。評価によって自己の認識が強まる。「あなたはいつも明るくていい子ね」と評価される。「ズバリ決断出来る君はすごいね」と評価される。評価をもらった相手が「誰から」である。だから親は重要だ。

 

欠点はその逆である。

 

他人から自分の特徴を「悪く評価」されたからである。「無駄に明るいね。空気も読めないのか」「意見も聞かずに決めるなんて横暴だよ」などなど。

 

成長とともに強く影響を受ける評価は両親や家族から友人や上司に変化していく。スポーツ万能から頭脳明晰へと評価の対象が変化するのは学生時代だし、人間関係や仕事のスキルにフォーカスするのは小学生ではない。

 

欠点を直すには長所と欠点の生成システムを理解して評価基準を変えれば良い。どのシーズンの何話の何分辺りであるかは知っていてよい。それが「いい話」だったかどうかの理由を考える必要がある。

 

例えば師匠にあたる人物を変更して評価する方法である。一種の博打であるがよくも悪くも効果は高い。欠点だらけの状況では好転する可能性が高い。自分を自分の師匠とする方法も博打度合いは同じである。

 

現在の目的が明確であれば師匠も明確に出来る。

  • お金持ちになりたい
  • 友達を増やしたい
  • PC-Engine Hyper Graphicsを作りたい
  • 株で儲けたい

 

それぞれの目的にあった師匠を選んで評価基準をパクればいいのである。

 

だが多くの人は間違えている。私も間違えている。

 

他人の評価で自分の良し悪しを決定するシステムに呑まれている。呑まれている理由は明白である。他人を評価する責任を理解していないからである。気軽に薄っぺらい評価を撒き散らしている。

 

欠点の多い人ほど他人を見下す。誰かに悪い評価を受ける人ほど自分から他人に悪い評価を与えている。

 

シンプルである。

 

欠点は自己の持つ特徴を詳しく知っていることとその豊富な知識を使って「誰かを悪く評価する」ことの組み合わせで存在しているのだ。だから「誰かを良く評価する」ことで欠点は長所となる。

 

欠点を直すには誰かをほめればいいのだ。

 

優柔不断で物事を素早く決められない欠点を持っていると過去の優柔不断エピソードを数限りなく語れるはずだ。だが「あなたは慎重に決断したことでこんなにうまくいったね」と誰かを評価できるようになれば自分の欠点は長所に変わっていく。

 

時間にルーズな欠点があれば様々な「時間ルーズ事件」ライブラリがあるはずだ。夜更かしと寝坊なのか時計の読み間違いなのかスケジュールの詰め過ぎなのかを嘘でごまかしているかを含めて明確に診断出来るはずだ。遅刻を完全に理解してその向こう側を見ることが出来る。「時間にルーズ」は複合的な欠点であることに気付ける。

 

私の欠点は話が複雑で長いわりに中身が薄いことだ。