キャバクラを体験してみて
社長に連れて行かれた店に入った時に「あっ、これキャバクラじゃね?」と気付いた。
キャバクラは「おさわり禁止」である。相席してくれる女性がロックとか水割りとかを作ってさっとライターを出してグラスの水滴を定期的に拭く。ちょっとエロい服で会話してくれる。
それだけである。それだけのために市価の三倍の18000円のウィスキーを呑む。
意味不明である。異次元のワンオペである。
接客する女性を指名するために指名料を支払うことが出来る。要するに女の子を選べる。新人は指名してもらえない代わりに新規のお客の相手をする。入店前に一緒に食事をしてくる同伴というシステムもある。やはり有料である。
女の子は「指名されるインセンティブ」でさらなる笑顔になる。客は偽物の感情を買うのである。「もしかしたら本物かも?」と思って。
客の中で俺だけは特別。商売抜き。きっと惚れてる。脈あり。
たしかに社長はモテた。キャバクラ経営者の女性と懇ろになっていた。部長は完全にカモだった。週末の営業メールを見て「脈あり!」と勘違いするレベルだった。
メールには愛がこもっている。接客する時の笑顔は本物である。愛想笑いではない。真剣に喜んでいる。財布の中の紙幣に向かってである。
商店街の精肉店でコロッケを揚げているおばちゃんが笑顔なのも同じ理由である。楽しくコロッケを揚げて笑顔で販売している。「まいどー!」と笑うのは財布の中のお金に対してである。「コロッケを買ってくれるなんて素敵!」などとは思っていない。思ってたら怖い。
キャバクラで客が行っている遊びは「コロッケおばちゃんからおまけのメンチカツを貰うレース」だ。偽りかもしれないが仲良くなる競争なのだ。ただし金額は自由だ。
接客する側は「コロッケをたくさん売る」レースをしている。たくさん買ってくれればどうでもいい。笑顔と愛想はいくらでも仕入れる。人生を賭ける気はない。
私には合わなかった。楽しいと感じられなかった。
だが社長と部長は何らかの楽しさを感じていた。何かを忘れてつらい日常から逃避しているようにも見えた。だから私はそこにいた。じっと話を聞いて相づちを打っていた。
キャバクラは楽しむ場所ではなかった。逃げ込む場所だったのだ。
世の中に必要な店だと思った。