損切りできるトレーダーになる方法
含み損が膨らんで底値でブン投げ……
損切りやめれば大儲けと思って塩漬け……
やれやれ売りの利食いは小銭……
持ち株は塩漬けだらけ……
あるある。何度もやりました。やってる本人は大真面目なんだけどね。
元ネタ 放送大学 授業科目案内 錯覚の科学('14) 第9回 認知的不協和
どういう仕組みで底で投げて塩漬けして退場してしまうのか。原因は何なのか。これからどうすればいいのか。
認知的不協和の学術的な説明はwikipediaとかでどうぞ。
「こんなこといいな、できたらいいな」と思って臨んだのに「ダメです。無理です。できません。むしろやるな。」と知って期待と現実が矛盾してしまうことを不協和と呼びます。不協和が発生した時に人間が何をするかを実験で調べたよ、という理論。
不協和が起きると、(期待して行動してしまった過去が消せないために)直面した現実に対して以下の3つの反応を起こします。
- じゃ、やめる。
- だが、やめない。続ける。まぁ大丈夫でしょ?いけるいける。
- ダメなのがおかしい。無理なのがおかしい。むしろやるべき。
タバコが体に悪い物だと知っている喫煙者の例では「タバコうまいな。どんどん吸いたいな」と思っているのに「体に悪いです。吸うと2倍ぐらい死にます。むしろ吸うな」という現実で不協和を起こします。
- じゃ、タバコやめる。体に悪いし。
- だが、タバコやめない。続ける。まぁすぐ死ぬわけじゃないし。
- ダメなのがおかしい。むしろみんなでタバコ吸うべき。
この3通りの反応は不協和の度合いで決まります。より強く「吸いたい」と思っているほどひどい反応になります。本人の意志とは関係なく反応が出てしまいます。普通に考えて「タバコが体にいいもの」と結論を出すのはおかしい気がしますが、実験によって錯覚が起きることが分かっています。
講義では「終末予言が外れた後のカルト教団で、より強固な信仰を持つ信者が発生する」例を挙げていました。過去に行った「強い信仰で行動した」という事実を消すことは不可能なので、「この教団は素晴らしいし、みんなが信者になればもっと素晴らしい」と錯覚します。さらに高いステージへ進んでしまうわけです。
ストーカーも同じ原理だと推察します。異性にフラれたことで「過去に強い恋愛感情で行動した」事実と「異性と恋愛関係ではない」事実が不協和を起こします。
- じゃ、別れる
- だが、別れない。また会いに行く。いつかヨリが戻るって
- 別れるのはおかしい。フルのがおかしい。むしろお前は俺が好き。
トレードにおける不協和は「買ったけど下がった」です。損切りすべき瞬間に不協和が起きています。
損切りを3つのパターンに当てはめると、「株価が上昇すると期待して株を買った」のに、しばらくして「株価が下がる」という現実に直面します。これは不協和です。
- じゃ、この株やめる。資産が減るし。
- だが、買い建をやめない。続ける。まぁその内に戻るでしょ。
- 下がるのがおかしい。むしろみんなで買うべき。
あまり期待せずに買った株は「じゃ、やめる」を選択できます。不協和がほとんど起きないので錯覚も小さいからです。
ところが素人は、お金儲けしたくてたまらない巨大な期待をぶつけるように株を買います。絶対に上がる株だと信じて株を買います。
期待が大きかったり大きなコストを払ったりしていると不協和も大きくなります。四季報や決算短信を読み込むのに時間をかけてマクロ経済動向もチャートパターンの分析もじっくり行って、どう考えても間違いの無いタイミングで株を買う。期待とコストをたっぷりかけて仕掛けた銘柄ほど「意に反して株価が下がった」時に大きな不協和が発生します。
「もしかしたら、というよりかなり高い確率でこの後に株価は上がるんじゃないか?」と思いながら損切りするのはとても辛いことです。頑張って調べ抜いて自信をもって仕掛けたのに「あっさりと損切りする」ことは、大きな抵抗を感じるのです。でもこの「いやな感じ」は誰もが必ず感じるものなのです。人間はそのように出来ているのです。
トレードの勉強をすればするほど、銘柄を調べれば調べるほど、どんどん損切りは遅れていきます。頭では損失が増えるだけだと分かっていても、損切りすべき場所をどんどん変更してしまいます。底で損切りとなるのはこのためです。
(実際には錯誤相関です。底で損切りできるなら明日から大儲けできます。 トレードから錯誤相関を排除せよ - manie's blog )
講義ではマインドコントロールについても言及していました。わざと不協和を発生させることで認知をコントロールする方法です。非常に厳しい入会儀礼を与え、その後でつまらない作業をさせる。すると、どう考えてもつまらない作業を「おもしろかった。価値がある」と錯覚させられるのです。
講義では、ポルノ小説の朗読とつまらない講義の例が出ていました。「これから受ける性についての講義に必要だから」という理由でポルノ小説を人前で朗読させてから、何も面白くないニワトリの卵の話を聞かせる。他のグループは単に何も面白くないニワトリ話を聞かせる。
辛い朗読を乗り越えたことと、苦労してたどりついたつまらない講義が不協和を起こし、「もしかしたらニワトリの卵はとても興味深い学術分野なのではないか」「たどたどしい講義だったけど人間味あふれる素朴な良さがあったのではないか」などと錯覚します。朗読しなかったグループは「単につまらない」と評価します。
トレードにおける入会儀礼は「長い時間の多額の含み損に耐える」ことです。
損切りできないトレーダーが「だけど利食いはほんの少しだけ」となるのはこのためです。上がると思って買った株の含み損に耐えるのは「厳しい入会儀礼」に当たります。入会儀礼が終わるのは「含み損がゼロになって含み益になり始める」ところです。ほんのちょっとの利益は投入資金と投入時間から考えると「つまらない利益」に間違いないのですが、光り輝くスーパー含み益に見えてしまうのです。欲しくて欲しくて仕方のない含み益に見えて来て、利食いせずにはいられないのです。
認知的不協和によって、損切りできない上にほんの少ししか利食いできないトレーダーがたくさん発生します。やれやれ売りとちょびっと利食いを繰り返しながら塩漬け株を増やしていけば、回転させる資金はどんどん減っていきます。お金を株に換えたままにする時間が伸びていきます。そしていつかやってくる「長期相場で見れば大したことない下げ」に遭遇する確率が100%に近づいていきます。資金は吹っ飛んでなくなります。現物の塩漬け株を持って退場です。
よし!認知的不協和がどういうものか分かった。錯覚する仕組みは分かった。合理的に行動しているつもりで不合理な行動をとっている理由は分かった。では私の中にある原因は何か?
認知です。現実を受け入れる姿勢や態度です。
「この株は上がるはず」という思い込みで行動を開始することがすべての原因です。「この含み損はいずれ解消して含み益になるはず」という思い込みです。(素人が何も勉強せずに始めているのに)お金儲けしてやろうと思って株を始めることです。
素人ならある程度(投入資産の90%以上)をふっ飛ばすつもりで株を始めなければなりません。最低でも勝ったり負けたりで元本キープだけどうまくすれば……などと無理な目標を立てて株取引を始めるから「実際には資産が半分になっちゃった」現実に直面して認知的不協和を起こしてしまいます。
- じゃ、株取引はやめよう。
- だが、株は続ける。まぁ大丈夫でしょ?きっと儲かる儲かる
- 下げ相場はおかしい。売る人は悪人だ。みんなで株を買うべき
資産の10%を「自分自身をサンプルとした素人トレーダーの研究費」と考えて真摯に取り組めばいいのです。あとで資産が2倍になるなら10%ぐらい安い物です。
「この株は上がるはず」とは考えてはいけません。上がるかもしれないし下がるかもしれません。予想すれば外した時に不協和を起こします。株価が上がっても天井価格を予想して利食いしてはいけません。天井価格を外せば不協和を起こします。結果的に利食いすべきだった株価から下落していく過程で「損切りできないトレーダー」の不協和が発生します。損切りが遅れることと同じ仕組みで利食いが遅れてしまい、ひどいときには含み損に突入してしまうかもしれません。
上昇相場(あるいはレンジ相場)がいつまで続くかを予想してはいけません。上昇相場の終わりは必ず来ます。いつ来るのかは誰にもわかりませんが、いつか来ることだけは確実です。日足トレーダーなら毎日、1分足を見るデイトレーダーなら1分ごとに「上昇相場が終わったかな?続いてるかな?」と確認しつづけなければいけません。相場状況を予想すると、予想を外した時に不協和が起こります。カブトークで片山氏が「アベノミクスの初動時期にレンジ相場だと思い込んで空売りしまくって3億円損した」と反省していました。彼の才能のひとつは10億円の資産が3億円減ったところで損切りして一時退場したことだと思います。
「自信があるからたくさん株を買う」とか「自信がないので少な目の株を買う」のも同じ理由でいけません。「自信があるから損切りまでの値幅を多くとる」とか「自信がないので損切りまでの値幅を少なくする」のも同じです。トレードにおいて「底値で買って天井で売る」が成功する確率はものすごく低く、ほとんどの場合に不協和が起きます。不協和によって失敗トレードを失敗でないと思いこむ錯覚が発生してしまいます。
仕組みは分かった!でも仕組みは消せない!だから原因を考えた。
原因は分かった!でも心は消せない!お金欲しい!どうすればいいの?
認知的不協和から逃れるには、自分で決めたルール通りに売買することが大事です。ルールに従って銘柄と株数を選んで、ルールによって仕掛けて手じまう。何度も何度もトレードすると結果的に儲かるルールを作ってトレードを繰り返します。もちろんトレードに聖杯はないので「トレンドフォロー戦略をやってみたけど実際にはレンジ相場だったので損切りばっかりだった」になってしまうこともあります。
そこで相場にトレンドがあるのかレンジなのかを知りたくなります。しかし相場状況を予想せず、今トレンドがあるかどうかだけを分析します。予想してはいけません。上昇相場なのに指数が少し下落した時、下落の始まりなのか押し目なのかは誰にも分りません。不協和が起こって「押し目に違いない。必ず押し目になるはず」と思い込んでしまうトレーダーは必ず破産します。相場の分析は基本的な手法はみんな同じです。予想せずに今だけを見ます。
しかし個別銘柄の株取引においては「株価がすべて」です。上昇相場だから上がるはず、物色セクタだから上がるはず、などと予想や決めつけをしてはいけません。損切りはルールに従って行うことが必須です。
ところが、ここで大きな問題が発生します。
知識を蓄えて知能を高めれば、ルールに従って取引すると利益が出るはず
と、予想してしまうのです。相場観測通りに個別銘柄が動かない時期が続いて資産が減り始めてしまうと不協和が発生します。ルールに対する信頼が揺らぎ、相場が悪いのであって私は悪くないと思い始め、損失から目を背けるようになります。
そこで相場に対峙して利益を上げ続けるには
- 売買ルール
- メンタル
の両方が必要です。勉強すればするほど、相場に長く付き合えば付き合うほど「私は儲かるに違いない」と期待してしまい、誰もがいずれぶつかる「思いのほか損失が出てしまった」現実に直面すると不協和によって錯覚が起きます。
自分が何をしているのか。何をやろうとしているのか。現実には何が起きているのか。その時、自分は何を考えてしまっているのか。それらを冷静に分析する精神状態に置くことが重要になります。
人間は自分が思っているほど自分をコントロールできておらず、瞬間ごとにめちゃくちゃなことをしています。後から振り返って考えると信じられないようなおかしなことを「本人は大まじめで」やらかしているのです。
戦争や大災害や金融ショックが起きても安定して利益を出し続けるトレーダーになって初めて「こうすれば儲かるだろう」という予想すらもしなくなり、永遠にマーケットからお金がもらえるメンタルに到達します。当然テクニックも身についているはずです。自転車に乗るのと同じですね。
というわけで売買ルールならマーケットの魔術師、メンタルならゾーンがお勧めです。
お金ください。
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